体罰は反対だけど、それが当たり前の時代だってあったのよ

すべては移り変わります。諸行無常なり。

小学生のころ、地元にやってきた PL 学園の試合を見に行ったもんです。もちろんお目当ては桑田 & 清原。かっこよかったなぁ。俺もいつかはああなるぞ・・・!と目を輝かせていた10歳かそこらの時代。

それが今や「γ-GTPがやばい」だの「怪我の治りが遅い」だのいう体たらく。あの頃自分が思い描いていた大人ってこんなだったっけ。まぁお互い様か(時事ネタ)。

さて PL 学園に関しては、昔から部内での暴力行為がたびたびメディアに取り上げられ、問題視されていました。それに加えて監督不在問題。もはやかつての強い PL が帰ってくる可能性はゼロとなりました。それはすなわち PL 教団の広告塔として機能しなくなることを意味し、今回の決断に至るという流れなんでしょう。

寂しいなぁ~と思いつつ、ふと自分の小中学生時代を思い返すと、「あれ、私も先生からふつうに暴力受けてたな」ということを思い出しました。

ということで今回は私がかつて受けた教師からの暴力?体罰?をご紹介。

教室の前から後までビンタ

ノート

あれは確か小3のころ。

ある日私は宿題をちゃんと家でやったのに、学校に持ってくるのを忘れてしまいました。痛恨の極み。

当時の担任はキツめのジャージがよく似合う男性でしたが、私が宿題を提出できなかったことを発見すると、超激怒。

当然理由を聞かれるのですが、ここからがひどかった。

ジャージ「なんで持ってこなかった?」

私『(やったけど)持ってくるのを忘れました』

ジャージ「バァン!(ビンタの音)」

ジャージ「なんで(略」

私『持ってくるのを(略』

ジャージ「バァン!」

以下ループ。

教室の黒板前から始まり、一発喰らうごとに後ずさり。さらにビンタで後ずさり。気がついたら教室の後の黒板まで追い詰められていました。

最終的には私が泣きながら『宿題忘れてごめんなさい!明日持ってきます!』と許しを請うことで、ビンタループも終了しました。女子の前で恥かかせやがって!

至近距離での1,000本ノック

ボール

小学5年生になると、私は軟式野球のリトルリーグに入部しました。学校内部の部活ではなく、あくまでも外部の団体。しかし監督は学校の先生という、田舎らしく曖昧な状態でした。

んである時。全っ然原因がわからないのですが、いきなり監督(先生)がキレ出しました。ええ?私素振りしてただけですが。

キレた監督は私を三塁守備につかせました。ええ?私三塁なんて守ったことないでしょ??とはいえ監督命令。渋々三塁ベース横に立ち、腰を落とします。

すると「前進じゃぁ!」と怒られます。一歩前に出て怒られ、二歩前に出て怒られ。結局塁間の半分くらい前進した気が。

そこからは容赦のないノック天国。ゴロもライナーもよりどりみどり。体や額にボールが当たってもお構いなし。鬼の形相でした。

1,000本は盛りましたが、近くにいたチームメイトによると100数本は打たれたようです。そうして最後の一球を打ち終わると、車に乗って帰って行きました。なんなのよもう。

これはいま思い出してもそんなに怒らせちゃった原因がわかりません。虫の居所が悪かったんだろうとしか考えられませんな。

※なお途中からはこちらも覚醒し、わりとキャッチできるようになっていましたww

屁理屈を言ったらぶちかまし

消しゴム

中学に入ると少しずつ先生をなめはじめます。さらに中1のころはひどい学校にいましたので、先輩を見習ってだんだんと先生に対する態度も横柄に。
参考▶1980年代後半の田舎の不良中学の日常を思いだした(独り言)