センスとは経験と想像力の土台の上に建つ「ひと工夫」

「センスあるねー」と言われて嬉しくない人はいないでしょう。

ブログデザインセンス良いねー

言葉選びのセンスが違うねー

改行タイミングのセンスが絶妙だね―

などなど、ブログ1つ見るだけでもいくらでもセンスを褒め称えることができますよね。どしどしお待ちしております。

スポーツでも絶望的にセンス?勘?が無い人は存在します。でも先天的なセンスはどうにもなりませんが、実は後天的に鍛えることができるセンスもあると思うんですよ。

今回はそんな話。

経験と想像力でセンスの土台を磨く

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私はセンスの土台の部分は、誰でもそいつでも磨くことができるものだと思っています。ただし「土台」ね。

今当たり前にできていることも、昔はできなかった

  • その行為をすると、誰がどう思うか。どう動くか。
  • こう提案するとどう返答されるか。ならどう切り返すか。
  • 提案前にあの人に仁義切っておいた方がスムーズだな。

社会人ならこういうことは毎日のように考えて動いているでしょう(でしょう?)。でも思い出してみてください。新卒入社ペーペーの頃も今と同じように考えることができていたでしょうか。

答えは NO のはず。

言われたとおりにやったはいいが、想定外の返答をもらって言葉に詰まったり、「俺聞いてないけど?」となぜか怒られたり。大変でしたよねw

しかしここが実は人生の分かれ道。

想像力を養うことが重要

トラブルや失敗から逃げずに対峙することができる人間には、豊かな想像力が身につきます。もちろん素敵な物語を書けるようになるということじゃありません。

いろんなトラブルから逃げずに自分のこととして受け止めていくことで、自然と「こうするとああなるかもしれない」と想像することができるようになっていきます。

その中でも可能性の高い「かもしれない」要素は必ず事前に手を打っておかねばならぬもの。可能性は低いが影響の大きい要素も然りです。

つまりはどれだけイメトレできているか。以前も書きましたが、私は人一倍心配症なのでこのイメトレを繰り返しています。

参考▶「どうにもならないことなんて どうにでもなっていいこと」名言だけど本質はそうじゃない

無論想定外の出来事は未だにいくらでも発生します。しかしこれを繰り返すことで、しっかりした土台ができあがります。んで何かトラブルがあったとしても、テンパらずに冷静に「んじゃあーしてこーして」と動くことができるようになるわけです。

逃げちゃダメだ

孤独

だがしかし、失敗から逃げる人にこの想像力は身につきません。こればっかりは体験しないと無理。

トラブルには原因があります。物理的な原因かもしれませんし、心情的な原因かもしれません。怖いですよ、怖いけどさらにその原因の原因を掘っていかないと、次回以降また同じトラブルが発生します。

そこで逃げると失敗したという事実しか残りません。次回以降失敗しないためにどうするか?選択肢は1つだけ。もう失敗しないためには、もうやらない=逃げるしかないんです。

そしてどんどん何もできなくなっていき、飲み屋で愚痴をこぼすだけの悲しいオッサンになっていく・・・。

真のセンスとは土台の上に建つ「ひと工夫」

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さて経験と想像力を働かせて、外れのない仕事ができるようになりました。でもそれだけだとまだしっかりした土台ができただけ。まだ「センスいいねー」とは言われません。なぜなら相手の想像の範囲内だから。

そのしっかりした土台の上に、人と少し違う/あえてセオリーから外れた、相手の想像を少しだけ超える(←ここ重要)自分なりの「ひと工夫」を加える。このひと工夫こそが「センス」なのだと私は思います。私が知るセンスが良い人達は、だいたいそれが秀でています。

つまるところ、どれだけ相手のことを考えるか/喜ばせたいかという気持ちなのかな。まとまりませんがそんな感じ。私も道半ばですたい。

※ただし先天的にセンスが良いとか、天才肌とされる人達は、この土台をすっ飛ばして相手に喜ばれるひと工夫ができちゃうんですよね。やっぱ憧れちゃいますな。

では再見。

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