あの日も雨が降っていた。今日はあの日に似ている。
もう8~9年前になるだろうか。当時私は転職活動の真っ最中だった。
長く勤めていた会社を辞め新しい会社に転職したものの、その会社が経営不振によりまさかの解散へ。総勢50名ほどいた社員たちは、会社公認で転職活動を行っていた。
私は友人とともに起業することに決めており、解散のその日まで勤めあげれば良いだけの話だった。しかし周囲が「転職活動のため」と堂々と休暇を入れている様子に、少しだけ苛立ちを覚えていた。私にだって休む権利はあるはずだ、と。(今考えれば噓でも転職活動と言って休めばよかっただけの話なのだが)
そしてこともあろうに、転職する気もないのに転職活動を始めたのだ。企業側とすれば大変迷惑な話である。
ただ当時の私もそれは理解しており、なるべく迷惑のかからないような企業をターゲットにすることにした。それは、「20代で月収70万円の部長クラスも!すべてはあなたの実力次第!」的なガツガツしたコピーが強調されている企業だ。
こうした企業は人員の回転率が高い(離職率が高い/入社ハードルが低い)というイメージがあった。来る者も去る者も多い企業であれば、私一人くらい面接が増えても特に影響ないだろうと自らを納得させた。
求人媒体で探したところ、こうしたコピーを出す企業は3つほどの業界に絞られた。1つ目は不動産業界、2つ目は飲食業界(夜系)、3つ目はインターネット業界だ。
そして私はその中のある一社に的を絞った。小規模事業者のホームページを格安で作成し、毎月数万円の保守運営費用をいただくという事業内容のインターネット企業である。
企業のサイトから作成事例等を拝見すると、何とも言えない気持ちになった。ヘッダーとフッターの色目を変えただけの使い回しテンプレート、時に一語一句違わぬテキスト構成、「ここに画像が入ります」状態。いくら専門外の私でも、クオリティが高くないことはひと目で理解できる。
おそらくはインターネットの知識など無い小規模事業者(商店街の一店舗など)へ営業をかけ、最初はほぼ無料でホームページを作成する。そしてその後は保守更新費用という名目で月々数万円を徴収するビジネスモデルだろう。
仮に月5万円としても年間で60万円だ。仮に100サイトあったとすると、年間で6,000万円の売上である。
もちろんそんなサイトにアクセスは集まらないだろうから、サーバなどは格安のもので良い。またそうしたリテラシーの低いクライアントであれば、更新頻度もほぞゼロに等しいだろう。つまり利益率がとんでもなく高い構造なわけだ。
言葉を選ばずに言うと、価値の無いサイトを作り、法外な保守更新費用で毎月利益だけが積み上がるモデルである。
私はそこまで想像した上で、その企業に面接の申し込みを行った。
その日は朝から曇っていた。
会社は茅場町というオフィス街のビルの1フロアにあった。元気よく挨拶をしてオフィスに入ると、それ以上の勢いで挨拶が返ってくる。悪い気はしない。
オフィスの規模はおよそ70~80坪程度。50名程度の人間が働いていたが、私に挨拶を返してくれた人以外は皆受話器を手に話をしていた。
アポイントの旨を伝え待つこと数分。明らからに私よりも年下~20代半ばくらいだろうか~の事業部長を名乗る男性が私のもとに現れた。そしてすぐに面接が始まることになった。
だが結論から言うと、それは面接ではなかった。事前に調べたビジネスモデルについて確認をするも、概ね合っていると返答されただけ。持参した履歴書と職務経歴書もほぼ見られることがなく、内定前提で話は進む。
「年上も年下も関係ない。完全実力主義である」
「自分も未経験から今のクラス(部長)までのし上がった」
事業内容云々の話は皆無で、とにかく成果主義を強調された。もちろんプラスの面ばかりではない。
「試用期間で一定の成果を出せないなら辞めてもらう」
「本採用後も3か月連続で停滞したら辞めてもらう」
「いくら五反田さんが大卒でも成果が~」
事業内容の明確な説明もないのにこれである。恐ろしい。怪しい情報商材のようだ。
面接も終わり部長の話もまとめに入りかけたその時、突如オフィスから歓声が上がった。
「中村さんがアポ取りました~!!」
どうやら営業担当、もしくは内勤のアポイント取得担当が1件獲得したらしい。もちろん成約ではなく、まだアポイントなのだが、その場にいるスタッフが全員立ち上がり拍手をしている。私にとってそれは未知の空間だった。
そして拍手が鳴り終わった頃に私の前にいた部長がこう言ってニヤッと笑った。
「彼女、結果出しましたよ。」
「あとは五反田さん次第です。」
そうして面接という名の私の潜入体験は終わろうとしていた。部長に同伴されオフィスの扉を開けてエレベーターホールに出る。ふと窓の外を見ると、面接前には降っていなかった雨が降っていた。
「五反田さん。傘、持ってないですよね?これ使ってください。」
そう言って彼が差し出した傘は、ビニール製ではないしっかりとした作りの黒色の傘だった。
私は丁寧に御礼を言いその傘を受け取った。もうこの場所に来ることは二度と無いのに。
職業に貴賎なしとはよく聞く言葉だ。しかし信頼関係の構築もなく(あるいは上辺だけの信頼関係で)、片方が一方的に利益を享受するようなビジネスは到底立ち行かないだろうし、そうであって欲しいと願う。
あの会社はまだあるのだろうか?あの彼は達者でやっているんだろうか?
今日使っている傘を見て、ふとその時のことを思い出した。
・・・という、自分の物持ちの良さに驚いたという話でした。もらいもんをよく8~9年も使い続けてるわw
では再見。
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