マルチ商法の勧誘と興味本位で対決すると、とんでもなく疲弊する

 

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男にはやらなければいけない時がある。たとえ罠だと分かっていても、その先にあるものが後悔の二文字しかなかったとしても、時には知らぬふりをして突き進むことがあるのだ。

つまり男とは「後悔すれども反省せず」という生き物であると言える。

 

ーあれは確か20代半ばの頃の話だ。

20代半ばの独身男性とは、最も典型的なバカな生き物である。仕事も覚えてきて、自由な時間もあり、そこそこ金もある。刹那的な楽しみを謳歌するにはこの上ない条件が揃っているのだ。

そして当時の私も類に漏れず、バカな生き物だった。

ピエロ

ある飲み会で隣に座り、意気投合して連絡先を交換した女性がいた。年齢は当時の私の3歳ほど年下。大きな目とショートヘアがチャーミングな女性だった。

その後1~2ヶ月の間は定期的に「また飲みに行きたいね」などという浮ついたメール交換はしていたのだが、お互いになかなかスケジュールが合わず、自然消滅しかけていた。

しかしある日の仕事帰り、突如携帯電話に着信があった。ディスプレイを見ると彼女の名が。いつもやり取りはメールだったので、あえて電話をしてくるということは「特別な何か」があるに違いない。少し緊張して電話を取った。

『これから飲み会があるんだけど、来れる~?』

「飲み」ではなく「飲み会」ということは、2人きりではないということは明白だ。すでに最寄り駅に到着していたこともあり、面倒なのでまずは行けないという旨を告げた。

『マジ来ないとヤバイよ!ものすごい人が来るんだよ!』

芸能人でも来るのだろうか。もちろん誰が来るのか電話口で尋ねてみたが、「とにかくすごい人」という返答しか来ない。やはり芸能人なのだろうか。今思うと、すごい人=芸能人という自分の薄っぺらな想像力が嫌になる。

結局この時は行かないことに決めて電話を切った。

電話を切る際の彼女の声のトーンが妙に落ちていたので、もう連絡は来ないだろうなという感覚はあった。駅から自宅への帰り道も「やはり今からでも行くべきか」という葛藤があったことは隠せないが、考えているうちに自宅に着いてしまったのでその日は完全に諦めた。

 

しかし数日後の土曜の昼間、私の予想に反して再び彼女から電話がかかったきた。嬉しい誤算である。いつもよりも少しだけ声のトーンを上げて電話に出た。

『今日2人で会おうよ!』

「飲み会」ではなく「飲み」であることは明白だ。二つ返事で承諾した。あとは場所だ。新宿がいいだろう。二人の中間地点だし、いろいろと便利だ。

だが電話口からは意外な返答が聞こえてきた。

『じゃあ中野坂上のデニーズ待ち合わせで!』

中野坂上自体が足を踏み入れたことがないエリアだ。しかもピンポイントにデニーズをご指名である。頭の中をクエスチョンマークがグルグルと回っていたが、冒頭に述べたように20代半ばの男などバカそのものである。疑念は本能にかき消され、早々に出かける準備を始めた。

シャワーヘッド

待ち合わせ時間は18時だったが、不案内なエリアなので10分前には指定の中野坂上のデニーズに到着していた。すると入口には彼女の姿が。どうやら彼女も待ちきれなかったらしい。

『楽しみだね』

久しぶりに見る彼女の笑顔は眩しかった。もはや私の頭の中はデニーズの次、そしてその次へとシフトしていた。

ただし次へ進むための条件は、目の前の関門を突破することである。思惑を彼女に悟られぬよう微笑みつつ、一緒にデニーズのドアを開いた。

 

ドアを開くとすぐさま男性店員が足早にやって来て、マニュアルどおりに人数を聞いてきた。すると彼女が妙なことを口走った。

『4名です』

「2人で」と言ってなかったか?「飲み」ではなく「飲み会」なのか?2対2の合コン形式なのか?頭の中は混乱していた。

すると彼女は邪気のない笑顔でこう告げた。

『今日はすごい人が来るんだよ~!どうしても五反田くんに紹介したくてわざわざ時間取ってもらっちゃった!』

計らずも(いや計られたのだが)ついにすごい人とのご対面の機会をいただいてしまったのである。だが中野坂上のデニーズで違和感なく会えるような人物である。すごい人=芸能人という線はここで立ち消えた。

もしかしたら美人局では?という一抹の不安もあった。しかし店内はほぼ満席で、何かおかしなことをされるようなら声を出せば良い。何より私は何もしていないではないか。

思うことはいろいろあったが、すごい人のことが気にならないと言えばウソになる。何よりもその日はもう特に予定もなかったので、話だけは聞いてみることにした。

だがこの軽い判断が誤りだった。

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男性店員に広い座席へ案内される。

『五反田くんはそこに座ってね』

言われるがまま奥の座席へ腰掛ける。飲酒時はトイレが近いので奥は嫌なのだが、まずは黙って聞いておいた。そして彼女は私の対角線上に腰を下ろした。手を伸ばしても届かない距離である。

一体何なんだ?と思っだが、座った以上はとりあえずは生である。一人生ビールを注文し、一気に半分程度飲み干す。今思うと、酔わないとやってられないような状況になりつつあることは、この時点で直感的に察していた。

さらに勢いづいてジョッキを飲み干すか飲み干さないかのタイミングで彼女が声を上げた。

『あ!こっちでーす!!』

彼女の視線の先に目を遣る。そこにはダークカラーのスーツに身を包む2人の若い男性の姿が。微笑みを浮かべながら、彼らは足早に私達が座っているテーブルへと向かってきた。スーツには不釣り合いな大きさのシルバーカラーのアタッシュケースを持っていたことを記憶している。

サラリーマン

そして彼らは私の対面と横に座った。お分かりだろうか。これで自分勝手に席を立つことができなくなったのである。

だがしかし、この時の私はまだ何も気づいていない。せめて男女2人ずつ・・・という淡い期待が完全に立ち消え、完全に意気消沈していた。

『おまたせ!すごい人達なんだよ!』

彼女が堰を切ったように私のことを彼らに話し始めた。人当たりが良い、話していて楽しい、向上心があるなど、どうしても私のことを彼らに紹介したかったそうだ。それを聞いて「ウンウン、なるほど」と頷く彼ら。完全に私不在で話が進んでいる。

彼女の熱いプレゼンがひとしきり終わると、ようやくすごい人の一人(私の対面)がこう切り出した。

『五反田さん。・・・夢・・・ってあります?』

何度も言うが20代半ばの男ほど質の悪いバカはいない。だがそんなバカな私もここでようやく全てを悟ることができた。そう、これが話には聞いていたマルチ商法の勧誘である。

まずい、今日終電で帰れるんだろうか・・・その時その瞬間の率直な私の心の中の声だった。

驚いた顔

しかし一方で、こんな機会はそうはないことも事実である。話のネタにトークを味わってやろうじゃないか。きっと私は大丈夫。生ビールは一杯でやめ、彼らの質問に乗ることにした。

夢はあるのか?という問いに対し、私は自分のセレクトショップを運営することと返答した。あながちウソでもない。

すると対面の彼はこれ以上ないしたり顔になった。本当に「その答え!待ってました!」と顔に書いてあるのが見えた気がした。

『ウンウン、分かります。でもその夢の実現のために必要なものって何だと思いますか?』

この場合の正解は分かっていた。だがあえて別の回答をしてみる。私は経営知識やアパレルの知識と答えた。

『ウンウン、それもそうですね。でも一番必要なものって、お金じゃないですか?何をするにもお金が必要です。』

早くも向こうから正解を教えてくれた。それはそうだと答える。

『五反田さんのその夢、驚くほど早く現実になりますよ?』

そうして本編の説明が始まった。

 

トークは一方的にまくし立てて説明するようなスタイルではなく、随所で質問を振ってくるようなコミュニケーション重視のスタイルだった。ただしこちらがどんな返答をしようが、結局は「ほらこのビジネスは安心確実儲かります」という方向へ誘導されたことを覚えている。

年月も経っているので説明された内容はほとんど覚えていないのだが、このような感じだった。

  • アメリカが母体のビジネス
  • 日本の創始者はこんなにすごい
  • トップエージェントもこんなにすごい
  • 商品は健康食品と化粧品
  • 初期費用は40万円程度(ローン可)
  • 皆に感謝されながら利益を上げられる
  • 毎年エージェントの大会がある
  • トップエージェントは皆いい車に乗ってる

対面の彼が中心となり、そんな話を延々と聞かされた。おっと、もちろん紹介者の下のレイヤーが商品を販売すれば、自分に手数料が入ってくるという、あちらの一般的なビジネスモデルである。

かたや私を紹介した彼女はというと、その横で目をキラキラと輝かせながら一生懸命頷いていた。虫酸が走るほど気持ち悪い光景がそこにはあり、不本意ながら私はその中心にいたのである。

鳥かご

さて、何をするかは大体聞くことができたので、あとはどうやって早く帰るかを考えることにした。そこでちょっと失礼なことを指摘して嫌な気分にさせてやることを思いついた。そんな嫌な奴とは一緒にビジネスできない!と思ってくれたら思惑どおりである。

私は以下のことを指摘した。

  • そのシャツはとても上質なものには見えない
  • 袖口が汚れているが替えはないのか
  • 靴はどうだ。汚いしすり減っている
  • 身なりに気を遣う金銭的余裕もないのか
  • それで夢がどうこう儲け話をされても説得力はない

ビジネスモデルについて指摘してもマニュアルどおりの返答が来るだけだろう。そのため別角度で、私の得意な土俵から指摘を行った。説明を行っているお前に不信感を持っていると告げたわけだ。おそらく彼らにとっては未知の指摘であるだろうし、気分を害してくれるだろう。

だが返ってきた答えは、私の想像の一段も二段も上を行くものだった。笑みをたたえつつ、かつ力強くこう言ったのだ。

『これから夢を掴むんですよ!!』

もう何を言っても無理だということが理解できた。

うさぎぬいぐるみ

それからはもう相手をすることをやめた。何を言われても、何を聞かれても、一切相手の目を見ないことにした。生返事をしつつ携帯電話を開き、その後飲みに行く相手を探した。

ようやく相手が見つかり、待ち合わせ場所も時刻も決まったところで彼らに告げた。一生懸命説明してくれたところ悪いけど、次の待ち合わせがあるから帰る、と。

するとどうしたことだろう。それまで余裕を持った立ち振舞いをしていた彼らが、突然目に見えて焦りだしたのだ。なりふり構わずクロージングに入ってきた。

『これまで話を聞いて、もうやる気になったよね?じゃあこの書類にサインをしてほしいんだ!』

もちろんサインなどするはずもない。時間もないし家でやるから書類だけくれと告げた。

『いや五反田さん、ここでサインをすることに大きな意味があるんです。』

意味がわからないという顔をしていると、彼はそのまままくしたてた。

『●■▲☓(失念)という法則があって、人間は一人でいると必ずネガティブな思考になるんだ。だから今!気分が乗っている時にサインをすべきなんだ。』

そのような法則があるかどうかはわからない。ただ確かなことは、私の気分はこれっぽっちも乗っていなかったことだ。むしろ気分は最低だった。

時計の針を見るともう深夜0時を過ぎている。もはや埒が明かないので、これ以上引き止めるなら大勢呼ばざるを得ないと伝えると、ようやく彼らも折れてくれた。もちろん私にそんな時間に大勢呼ぶことができるコネクションなど無かったのだが。

セキュリティ

そうして数時間ぶりに中野坂上のデニーズを出ることができた。契約書類をいただくとともに、もう終電がないと言い張りタクシー代を3,000円いただいた。車で送ってくれるとも言ってくれたのだが、一応身の安全を考え念には念をを入れた形だ。

その後は無事に友人と落ちあい、この話を肴に朝まで飲み明かした。

契約書類は翌日自宅に帰ってすぐに捨ててしまったので、何が記されていたかはまったく覚えていない。そしてその後一週間ほど、彼らと思しき番号、そして私を罠に引きずり込んだ彼女からの電話が鳴り続けた。もちろんすべて無視していたが、ある時パタリと止み、それからは一切の連絡は来なくなった。

契約書

その後マルチ商法の勧誘について調べてみると、自分とほぼ同じパターンの勧誘方法が王道だということを知った。一対多の状況で長時間拘束をし、ターゲットの思考力・判断力をどこまで鈍らせることができるかが肝なのだろう。

そういう意味ではこの時は非常にオーソドックスな勧誘パターンであったと言える。しかし彼らはそもそも致命的なミスを二つ犯していた。

一つ目はそれはデニーズという開かれた店舗で勧誘を行ってしまったということだ。もちろんターゲットの警戒心を解くために良かれと思って設定したのだろうが、みすみすターゲットに逃げ道を与えるようにしか見えない。

二つ目はターゲットに携帯電話を自由に触れる状況にしてしまっていたことだ。私は友人とコンタクトを取ったが、限界状況になれば警察に助けを求めることもできる。

この二点を改善することができれば、コンバージョン率はより高まったのではないだろうか。

 

―なお実を言うと、この課題となっていた二点をクリアした、より完成度の高い勧誘も私は経験済みである。詳細は下記よりご覧いただきたい。

では再見。

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