『是々非々』という熟語があります。
もともと政治家が使う言葉というイメージが強いですかね。最近も「是々非々で悪いものは悪いと言い続ける!」と高らかに宣言していた方もいらっしゃいましたが、その党周辺からは反論しか聞いたことがありません。
さてそんな是々非々。最近は一般層でもよく使われるようになっています。ホリエモンもよく使っていますしね。
もともと古来中国の荀子の言葉。意味を辞書で調べると下記のように記されています。
一定の立場にとらわれず,よいことをよいとして賛成し,悪いことは悪いとして反対すること。 「 -主義」
[amazonjs asin=”4061593943″ locale=”JP” title=”荀子 (講談社学術文庫)”]
すごくわかりやすく見えますよね。使う人が多いのもうなづけます。
ただこの『是々非々』、そうかんたんなものではありません。
是々非々を実践した山下くん
オンタイムの仕事でも是々非々という言葉を聞くことがあります。でも、どうも勘違いしている人がいる気がします。
では以下架空の話。
最近この是々非々という言葉を覚えて感銘を受けた「山下くん(28)」が主人公です。
是々非々スタンスを取り入れる山下くん
ある新規事業がありました。部署横断のプロジェクトです。山下くんも自分から手を上げてメンバーになることができました。
毎週水曜日の14時には定例会議が開催され、各担当の進捗報告と、それを受けて事業ローンチに向けた意見交換が行われます。
山下くんも出席しているのですが、この日からは覚えたての是々非々スタンスで臨むことにしました。
手応えを得た山下くん
1時間の会議の中、山下くんは是々非々スタンスを崩しませんでした。それは賛成。それは反対。
彼なりに常に公平な立場を保ち、時には目上の人間の意見にだって反対しました。
充実感もあり、彼としては満足できたようです。
その後も山下くんはそのスタンスは変えることなく仕事を続けていきました。
なぜか干される山下くん
ところがしばらくすると、彼はその会議から外されることになりました。それだけではなく、日々の仕事の中でもあまり意見を求められなくなってきたようにも感じます。
「出る杭は打たれるものよ」
山下くんはそう自分を納得させるのですが、以後もこの状況は改善されることがありませんでした。
芯のない是々非々は無責任なヤジでしかない
是々非々で「良いものは良い」「悪いものは悪い」と、至って公平に意見を言ってきたはずなのに、なぜ山下くんはこんなことになってしまったのでしょうか。
そもそも是々非々自体がダメなのでしょうか。
いえそれは違います。
山下くんには決定的に欠落していたものがありました。それは「自分の芯」です。
山下くんは第三者的視点で公平に意見を言っているつもりだったのですが、実は責任を負う気もない気楽な外野のヤジになっていたのです。
是々非々の名のもと、立場がコロコロ変わる。今日も是々非々したった!と悦に入るのは自分だけ。
結局彼は「なにも言ってない」ということを見透かされてしまったわけです。
会社には評論家は要りませんからね。
手段は後からついてくるもの
ビジネス本を読み漁るのも別にいいです。Twitter で有名ビジネスマンをフォローして情報収集するのもいいです。
でもね、それは手段でしかないということは覚えていたほうがいいです。
重要なのは自分がなにをしたいのか。
それだけ持っておけば、手段なんぞ後からついてきます。
では再見。
コメント